女の子だってヒーローになれるし男の子だってお姫様になれる

「りっすん」で公開されていた「HUGっとプリキュア!」のプロデューサー&脚本家の対談インタビューを読んで、少し泣いてしまった。

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多くの同世代女性と同じように、東映の女児向けアニメには思い入れが強い。
私は幼少期を海外で育っているのだけど、いかんせんインターネットも衛星放送もない時代だったため見られる日本語のテレビ番組というのは非常に限られており、祖母が録画して送ってくれる特定のビデオを擦り切れるくらい見た。それが当時イギリスでもめちゃくちゃ流行っていた「セーラームーン」と、ジブリの「魔女の宅急便」だった。どちらも女の子が戦ったり働いたりする話だ。

母は娘の私から見てもフラットなジェンダー観を持っている人で、私と弟は「女の子なんだからお手伝いしなさい」「男の子なんだから泣いちゃだめ」みたいなことを言われたことがない。無意識に役割を押し付けたくないということで、「お姉ちゃん」とも呼ばれたことがないという徹底ぶりだった。弟は私と一緒にセーラームーンを見てドレスを着て遊んでいたし、私も現地の戦隊特撮を見ていた。大きくなってからもそれは変わらず、幸いなことに身近な人からは女だから地元に残れとか早く結婚した方がいいとか言われないまま社会に出ることができた。

それだけフラットに育てられていても社会人になってから「私が男だったらなー」と思った機会はそこそこある。新卒社員で女子だけがお茶汲みの仕方を習ったとき、営業が取れた後に同僚に「先方の部長が桜花さんのこと可愛いって言ってたよ、得したね」と言われたとき、転職活動中「出産の予定はありますか」と聞かれ続けたとき。女だからと軽んじられるのは自分に圧倒的な実力が無いからだ、本当に優秀な人はそんなの関係なく成功してる、頑張らなきゃ、と思い続けるのも疲れた。今でこそ「うるせー!私が可愛くて仕事ができんのを僻んでんじゃねえ!あんたらを納得させるために頑張る必要なんかない!」と開き直って転職先で好き放題やらせて頂いているけど、やっぱり数年はくよくよ悩んだし、幼少期から性別やその他諸々の抑圧が強い環境で生きてきた人が社会からの洗脳を振り切るのはさらに難しいだろうと思う。

数年前にディズニーの「ズートピア」を見たとき、そのストーリーの完成度と面白さに感動しつつ、「これを純粋にコンテンツとして楽しめる現代の子どもたちはなんて幸せなんだろう」と思った。「ポリコレに配慮しすぎていて説教くさい」と言っている大人も一部いたけど、子どもたちは普通に他のアニメを見ているのと同じ感覚でそういうメッセージを自然に受け入れるんだろう。ダイバーシティってそういうものなんだよな。

例えばプリキュアを見ていた女の子が、この先成長してエンジニアになりたいと思っても、誰かに「女性なのに理系なの?」などと言われて悩んでしまうかもしれない。そんなとき、「そういえば昔見たプリキュアで『エンジニア』って歌ってたじゃん!」と思い出して、自分を肯定してもらえたらうれしいです。

「世の中にはいろんな人がいるので尊重しましょう」と授業で習うより、「隣の席の子の家はお母さんが単身赴任してたな」「あの子は宗教で豚肉が食べられないって言ってたな」みたいな、身近な思い出が多様性と許容範囲を無意識に広げていく。
児童向けアニメってめちゃくちゃ尊いことをしているんだなあ、と思った。大げさなことを言うけど、こんな時代に子育てするなんて無理ゲー、と思ってたけど、このインタビューを読んで、生まれた時からこういうコンテンツを見ながら育っていく子どもたちの作る未来を見てみたいな、と思ったのだった。 

社会への問題提起という意識は全くなくて、私たちがこの作品で届けたいのは「あなたが生まれてきたことは素晴らしい」というメッセージなんですよね。それがまず根底にある。その上で、子どもたちに「こういう社会をみんなで作れたら、ハッピーかもね」っていう幸せな図を見せられたらいいなと思っています。

「あなたが生まれてきたことは素晴らしい」…いやほんと泣いてしまう。素晴らしいインタビューでした。

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”なんでもできる!なんでもなれる!”って素晴らしいな…はぐプリ、録画だけして見ていないので少しずつ見よう。