いつかすべて過去になる。ディア・エヴァン・ハンセン

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ディア・エヴァン・ハンセン映画版の感想。普通にネタバレ含みます。

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ベン・プラットと素晴らしい俳優陣(特に母親役を演じたジュリアン・ムーアとエイミー・アダムス)の演技、そして美しい音楽を堪能する映画だった!

ベン・プラットは映像で高校生を演じるには年齢が…と思ったけど、一ミリも気にならない。オリジナルキャストってやっぱりすごいなあ。これがエヴァンの原点なのだと感じる完璧な役作り。サントラで繰り返し聴いていた澄んだ歌声で名曲たちが聴ける幸せよ!

あらすじ

学校に友達がおらず、社交不安で抗うつ剤を飲んでいるエヴァン・ハンセン。夏休みに木から落ちて骨折したためギプスを着けて新学期に登校するところから物語は始まる。

エヴァンはセラピーの課題で書いた“Dear Evan Hansen”から始まる自分宛の手紙を同級生のコナー(麻薬常習犯で器物損害しまくりの筋金入りの問題児)に奪われてしまう。後日、校長から呼び出された彼はコナーが自ら命を絶ったことを聞かされる。対面したコナーの両親は息子が最期に着ていた服のポケットにエヴァン宛の手紙を見つけ、親友宛の遺書だと思い込んでいた。悲嘆に暮れる家族を見て思わず話を合わせてしまったエヴァンは、辻褄を合わせるためのメールを作り、ありもしないコナーとの思い出を語るように。そして求められるままにしたコナーへの追悼スピーチがSNSで拡散されたことで彼の人生は変わっていく。

最初はたしかにコナーの遺族への思いやりから作ったその場限りの親友ストーリーなのだけど、思い込みの激しいコナーの母親の反応や意識高い系(だが実は鬱に苦しんでいる)活動家アラナの影響、そしてSNSの拡散力によってエヴァンの嘘は彼自身には収拾できないほど大きな話になっていく。追悼スピーチがバズって学校で人気者になり、クラファンを立ち上げ、コナーの妹ゾーイと両想いになり、コナーの家族たちからは「もう1人の息子」と呼ばれ、奨学金を肩代わりするとまで言われるようになるエヴァン。見ていて「これいつ本当のこと言うの?バレた時に大丈夫なの?」とハラハラするのだけど、予想通り事態は最悪の方向に転がる。

許される嘘ではないが

彼が吐いていた嘘は死者への冒涜で、露呈してしまえば遺族の悲しみをさらに増やすものでしかない。けれど彼が追悼スピーチで歌った”You will be found.”いつか誰かが君を見つける、君は独りじゃないというメッセージが多くの見ず知らずの人たちの心を打ち、孤独感を抱えた若者を救った。そして彼自身も、この大きな嘘が破綻を迎えたことでようやく母親に告白する。夏休みに骨折したのは実は木から落ちたのではなく、自ら飛び降りたのだということを。だんだん調子に乗っていたエヴァンに嫌悪感を抱き、断罪したくなっていたところで、彼もまたコナーになっていたかもしれない若者だった、ということを観客は気付かされる。

この物語を「嘘から出たまこと」「感動ストーリー」とまとめてしまうのは短絡的だと思う。どれだけ感動的なメッセージを発してもその前提には嘘があったし、コナーの死の理由は結局わからないし、エヴァンはコナー一家の信用を失い、学校でもまた1人になりインターネット上で一生消えない傷を残した。全くハッピーエンドではなく、後味が良いとも言えないラストなのだけど、エヴァンの表情は清々しい。

彼のとった行動全てに納得いかない、腹が立つという感想も見かけてそれも納得できるんだけど、私は「生きてさえいればやり直せる」というメッセージが何よりも大事なんじゃないかと感じた。エヴァンの母が「今押しつぶされそうに感じるようなことも、小さな過去だと思える日が必ずくる」と言っていたように。取り返しがつかないことなんてないんだよ。

そして嘘を告白した後にエヴァンがコナーを理解するためにとった行動、彼の愛読書を読み、地道に昔の知人から話を聞き、もちろん全世界に向けて発信したりもせず自分で考えを深める…これが正しい死者の弔い方なのだと感じる。コナーの母もきっと最初からそうできたらよかったのだろうけど、息子の死を受け止められなかった。エヴァンがしたことは許されないけど、あの時の一家には彼が必要な側面もあった。最終的にコナーがリンゴ園好きだったことにされてるのにも違和感あるけど、お葬式もお墓参りも、生きてる人のためにあるものだものね…。

この作品を映画化する意味とは

ここからは作品というより今回の映画版への感想。正直いうと映画を見た最初の感想は「舞台版を観たいな」で、敢えて映像にする必要性はあまり感じなかった。これは想定通りで、そもそも狭い空間で極力セットも排除して少ない人数の役者で上演することを前提とした作品なので、背景や多くのエキストラは視界の情報量を増やしすぎて雑音に感じた。

また舞台版はSNSを大々的に扱った珍しい舞台作品ということで話題になっていたけど、それは舞台演出ありきの話であって、映像でスマホやPC上のSNS画面を見せられると直接的すぎる。心を打つメッセージがどんどんシェアされていく様子もあまりにベタすぎる演出にちょっと白けてしまった。(You will be foundでSNS上の投稿が集まってコナーの顔になる演出とか、いっそ「シェアだけして他人事な偽善者」を表現した皮肉なのか?と思ってしまったくらい、、死人に口なしの状況であれをやるのはだいぶグロテスクだ)

若者の孤独や不安、閉塞感、焦り、繋がっているようでいて疎外感を感じるSNS…そういったものが見事に表されている舞台美術と演出だなと改めて思うトニー賞パフォーマンス。


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いやーーーー本当に良いな!舞台版観たい!!映画版ではこの曲を1曲目にもってきて自己紹介ソングのような立ち位置にもしていて、学校でたくさんの学生の中で馴染めていない感じは出ていたと思うけど…やっぱりこの曲の切迫した空気、強烈な孤独感は舞台版が桁違いだなと。Waving through the windowはいろんなコンサートでも歌われているし一番知名度がある曲になるのかな。映画版は歌唱も軽やかだった。

映像でよかったなーと思うのは繰り返しフラッシュバックされる森の部分かな。エヴァンが骨折した状況、嘘の記憶の中でコナーが助けてくれる場面、そして明かされる実際の骨折の理由。何度も映像で出すことで事実が分かったときに効果があった。

また初めてコナーとの友情について作り話をしたFor Forever、ゾーイへの淡い片思いを乗せて「お兄さんは君に本当は愛していると言いたかった」と歌うIf I Could tell herはエヴァンの嘘に彼自身の願望が織り交ぜられているのが伝わる映像ならではの演出。

ゾーイとのラブシーンOnly usは舞台ではおそらく歌だけで綴られる部分を視覚的に埋めるためにいろんな場面のif映像が入っていて煩く感じた。ミュージカル映画って結局歌っている間は踊るかカメラワークを切り替えまくるか別映像を挟まないと観客が飽きてしまう、みたいなセオリーがあるのが苦手だ。(これは生身の人間が目の前で歌う舞台では起きないことだよなあと思う。)逆にSo big/So smallはそういった過去映像などを挟まず、エヴァンと母の対話という形でカメラワークもほぼ固定だったのがすっっっごく良かった。ジュリアン・ムーアのシングルマザーとしての苦労と覚悟、息子の全てを受け入れるという強い意志が漲っていて、その後エヴァンが自分の罪をSNSで告白するのも「お母さんから心理的安全を得られたからだ」とすんなり納得できる、素晴らしいシーン。いやーージュリアン・ムーア良かった…。もう1人の母親、エイミー・アダムスも凄い演技だったなあ。善意の塊、ちょっとスピってるお金持ちの専業主婦が上手すぎる。目で語るなあ。ゾーイ役のケイトリンもブックスマートでいいなぁと思っていたので見られて嬉しい。

コナーのお父さんが実父じゃなくなってるのはまるでコナーの死の遠因であるかのような邪推をさせてしまうのがちょっと気の毒だったな。舞台版ではクラファンの立ち上げなどもエヴァンが率先して始めるようで、映画版でアラナが引っ張っていく形にしているのはエヴァンを悪者にしすぎないための演出なのだろうけど、、やはりそもそも映像にすることが難しい脚本だよなぁと思う。舞台って密室で目の前で人間が演じることそのものが、狂気や錯覚を受け入れやすい装置なのだよね。映像で普通の景色の中で演られるとサイコパスにしか感じなかったりしてしまう…。

ということで個人的には最近見たインザハイツが「これぞ映像化の醍醐味!!」だったのに対し、エヴァンハンセンは映像作品としてはぐっとこなかったのですが、オリキャス含めた素晴らしい演技を永遠に残しておけるということ、そして「You will be found」というメッセージをより多くの若者に伝えるという役割を考えた時に舞台より映画の方が効果がありそうなことが今回の映画化の意義では…なんて思ったな。「誰もいない森で木から落ちたら、それは本当に落ちたことになるのか?」は大人の胸にも刺さる歌詞だけど、でも若者には「あなたの気持ちに意味はあるよ、孤独も傷もいつか過去になる時が来るよ」と言ってあげたい。作品としては好きだったので舞台版観たいな。

 

あと感想としては余談ですが、三浦春馬さんが過去にコンサートでWaving through the windowを選曲され、いつかエヴァンを演じてみたいと仰っていたことを思い出しながら見ていました。

 

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