韓国ミュージカル「ファンレター」日本版初演を観劇したので、初見の感想です。
はじめに
韓国で非常に人気があり再演を繰り返していること、日本からも通う固定ファンがいること(フォロワーさんにも遠征されている方が何人かいらっしゃる)そして今回、日本で上演されるにあたりかなり反発があったこと、その理由のひとつは日本統治時代に弾圧された文壇を舞台にしている作品だから、ということは事前に知っていた。他のあらすじについては未読で観劇。
日本人としての罪悪感、また歴史的・文化的な背景を100%ではないどころか半分も汲み取れていないのだろうな…という後ろめたさから、面白かった!!と素直に言うのは憚られるような作品ではあるものの…もしかしたら日本人がこの作品を好きだと言うこと自体が韓国人にとっては不快なことかもしれないと思うものの、しかしせっかく日本で上演をしてくれたのだから、観客としての素直な感想も言いたい。面白かった!好きな作品だった!
ネタバレについて
まず先に、これから見る予定のある方はネタバレをできるだけ回避するように、とお伝えしたい。
この作品は韓国の歴史背景や文化をベースにしているので、それを学び、理解した上で観た方が作品から汲み取れるメッセージも多くなるし、それが誠意でもある。というのは事実なのだが、しかし観劇体験としては圧倒的に、物語についての前知識は無い状態で観るのが楽しいと思う。スリルミーやNext to Normalを初めて観た時のことを思い出してほしい。初回の驚きは初回にしかない。初めてだからあんなに驚き心乱された、というシーンがあるのよ。私はあらすじもあまり知らないまま、ポスターから日本統治時代の文豪の三角関係の話なのかな〜と思って見に行って度肝を抜かれました。
観劇後に韓国版のレビューをたくさん読んで、特に詳しく背景を解説してくださっているこの方のnoteはとても勉強になって、読んで良かった!この背景を知った上でまた必ず見よう!と思っているのだけど
ただ曲のモチーフについて詳しい解説を読むとどうしても物語の核心となるネタバレ部分にも触れることになるので、私は観劇後に読ませていただくのがとても良かったです。
ということで未見の人はここから下を見ないでくれー!お願いだから!ここから私は遠慮なく語るぞーー!!
作品の感想
ヒカルについて
一幕を見て完全にやられてしまった、ヒカルという存在。上記の通り私は「三角関係の話かな〜」と思って行ったので(いやある意味間違ってはいないのだが)こういう話だったのか!!と衝撃を受けた。
私は昔からトート、アマデ、ゲイブなどなど舞台ならではのイマジナリーキャラ演出が大好物だと繰り返し発言しているので、韓ミュ好きの友人に「好きだと思っていたよ…」と見透かされていました。はい好きです。ヒカルの場合、セフンの才能の擬人化(ex.アマデ)というよりは、ヘジンへの狂気的な執着の独り歩き。彼が作りだした悪夢、かつ自分が自覚しない動きもしているという点で「ジャック・ザ・リッパー」に近いかなという印象。(投書のあたりの流れとか、JtRを思い出した)
ヒカルは誰にも愛されないセフンが鏡の中に作り出した光。別人格とまで言わなくとも、ペンネームやハンドルネームの自分はリアルな自分と地続きだが完全に同じ人間ではない、という感覚はなんとなくわかる人も多いのでは。
初登場時はユニセックスで素朴な田舎の子って感じで、セフンの後を追う動きをしていたのが、名声を得て真っ赤なドレスを着てどんどん垢抜けていく。ヘジンに愛され、読者に注目され、強く求められるほど存在しないヒカルの存在感が際立っていく。そしてセフンに「何もせず隅っこで見ていればいい」と言い放ち暴走していく。暴走といいつつ、ヒカルの才能はセフンのものだし、結局自分では書けないことをヒカルの名前を借りることで堂々と書けているだけで後半のヘジンへの執着も彼の本心に他ならないのだが。
後半、ヒカルはヘジンを軟禁するかのように七人会から孤立させて小説を書かせていたが、セフンは自分の右手を刺してヒカルと決別。ヒカルを捨てたように見えるが、あれはむしろヒカルを自分の一部だと認めて受け入れたということではないかなと。だから最後にまた書くことを決めた時に出てきたヒカルは穏やかな顔でペンを差し出しているし、七人会はヒカルも含めて7人になる。
ブロマンスとして
あまりにもヒカルの存在感が大きいので三角関係の話として見てしまうのだけど、実際これは男2人の感情のぶつけ合いの話で、ヒカルはセフンの作った人格でありながらヘジンを映す鏡でもあり、2人の媒介となっている。ヘジンが強烈に惹かれ求め魂の伴侶だと思うヒカルはセフンなのだし、セフンがヒカルを育ててしまうのはヘジンへの狂信的な愛からだ。オタク…こわい!つーか2人とも思い込みの激しさや思い詰め方が実はめっちゃ似ていてやはりお似合いなのだよな。
セフンはヒカルと決別した後、自分こそがヒカルだった、とヘジンに告白する。それは嘘を吐き続けてヘジンに命を削って書かせている罪悪感からという体で、「僕を見て」と繰り返していた通り、彼が死ぬ前に自分の存在を伝えたくなってしまったからではと感じた。ヒカルではなく自分を見てほしい。あなたが世界で唯一分かり合えていると思っている相手は僕なんだ、ヒカルと同じように僕を認めて愛してほしい。しかしヘジンには聞きたくなかった、墓場まで持っていくべき嘘だったと言われ(そりゃそうだ)拒絶される。
私はもうこの展開からセフンはヘジンの家に火をつけたりしてしまわないか…!?とハラハラしていたのであんなに爽やかなラストになるのびっっっっくりしたんですけども。あの状態から入れる保険あったんですか!?
ヘジンが最期にセフン宛に手紙を残していること、がなによりの答えで。「私にとって春のような人だった」という言葉に込められた思い。ラストまで見て、今一度この2人の物語として頭から見直したい!と思ったのでした。
ファクション(ファクト+フィクション)として
作中に登場するキャラクターにモデルがいそうだな、と思っていたら前述したnoteを拝読し想像以上に実在する文章も多く引用していると知った。韓国では教科書にも使われているような詩だったりするらしく、教養として理解している人が見たらもっといろんなニュアンスを汲み取れるのだろうな…。たとえばイユンのことも、モデルが李箱だとわかればおそらく日本の留置所で死んでしまうということもみんな知っているんだろうし、そういう前提であの会話を見るとまた違う印象になるのだろう。(私は知らなかったので、留置所のシーンの度に全然どこに向かう会話なのかわかっておらずでした)
セフンとヘジンの話として見ていると、二幕は正直ここで終幕かなと思うタイミングが三度くらいあって、あ、まだ続くのか…と繰り返す感じだったのだけど、モデルについて読んで、作中あらゆるところに散りばめられたオマージュがあったのだと理解すると、韓国文学の先について歌って終わるのがとても納得というか、この作品のテーマはずっとここにあったんだとあらためて伝えられている感じ。
母国語のアイデンティティを奪われること、植民地となった祖国への愛、哀しみ。日本語で聞くとより一層、日本人としてはざらりとした後味になりますが、知るべきことだね。いろいろ学んでから七人会の話としてやはりもう一度観たい。
曲と演出について
小劇場サイズに合った編成の曲で大変好み!美しいメロディも歌詞も耳に残る。今回、主要キャストが歌唱力の塊だったのでどれも聴き応えがあってよかった。晴香ちゃんソロがとにかくどれも良すぎたなあ…。
演出については、栗山民也!!!!でしたね。削ぎ落としたセットと光と影の使い方が…。全体的にスリルミーを思い起こす作りだったけど、拘置所の演出はちょっとスリルミーすぎたな。そして狂気の場面は東宝見てる人は全員M!の「影を逃れて」を思い出したことでしょう…。
そういう狙いなんだろうけど、最後まで見てみると着地の割に前半がちょっとミステリーに誘導しすぎたかな?という印象もあった。それこそスリルミーくらいどん底に落とされるラストを予想しながら見ていたら意外と希望も含ませた前向きな形で終わるので驚いた。特にイユンの見せ方は結構ミスリードではないか?と感じていて…最後まで見ると主人公を留置所まで呼び出したのもほぼ善意だしヒカルの正体に気づきかけた時も「突き出そう」じゃなくて「この才能うもれさせてはいけない」と思っていてかなり良い人なのにそう見えなかった…そういうキャラなのかなあ??役作りなのか演出指示なのかわからないけど、行動に反して捻くれて意地の悪いキャラクターにしすぎでは?と感じたな。
役者について
MVPは木下晴香ちゃんでしょう!!!素晴らしかった!!!!どんどん妖艶なファム・ファタールになっていくヒカルの狂気、セフンの鏡としての立ち回り、シルエットの美しさ。演技も歌も100点満点だったなあ。最後の優しい笑顔も泣けた。
海宝直人さんのセフンはザ・成功したオタクでよかった。肥大化した自意識に振り回される文学オタク青年、あまりにそれらしかったよ…。いつか海宝くんでスリルミーの私役を見たかったのだが、その夢はかなり成仏した!
浦井健治さんのヘジンは、うらけん最近ストプレの人だったな…と思い出す、演技に振り切った(歌は安定に良いのですが)ヘジンだった。後半泣きすぎて鼻水垂れまくっているのが見えていたよ。残された命が短く、不安定さゆえに才能溢れる小説家の役作りがリアルだった。ただ韓国版の映像などを見ているとうらけんのヘジンは相当老けさせているというか、時々おじいちゃんに見えて、ヒカルとくっつくのは犯罪臭がすると言いますか…もうちょっとお兄さん寄りでも良いのでは…とは思いました。
七人会の皆さんについては前述した通りイユンはなんか…不器用な優しさの人なんだろうけど、正直もうちょっと違う解釈で見てみたい。皆さん不可はなくお上手なのだけど、歌はコーラスもっと低音で響きを聴きたかったかもしれない…。
韓国版が見たい
観劇後に韓国版の感想や映像をあれこれ巡っているのですが…あの色鮮やかドラマチックな演出も見てみたいーー!!!の気持ちでいっぱい。次の再演時は可能なら渡韓したい。あとポスター!どれもこれもハイセンスで良いな。正直今回の日本版のポスターはダサいな…と感じていて。内容にも則していないし。(幕間にポスター逆詐欺だ!と思ったwいや煽り文は間違ってはいないんだけどさ…)まあこれは別作品でも日本/韓国のポスターを並べた時にいつも感じていることですが…役者の顔を出すにしてももっとおしゃれな方法がいくらでもあるのに…。
あとパンフレットで本作が韓国で制作されるまでの流れを読み、国をあげた支援の手厚さと初回でこの作品が選ばれたこと、10年でここまで大きく成長し輸出されてることの凄さに打ちのめされましたね。これを継続している国には勝てないよ。キュリーは見逃してしまったんだけど、これからは同コンクール発の作品は追いたいなと思いました。
見ながら思い出した作品たち
の感想ブログたち
海宝くん×晴香ちゃんアナスタシアの時に一番ハマっていたペアだったのですが、様相が違いすぎて面白かったわよ…