完璧じゃなくても愛おしい女たちのパイ ミュージカル「ウェイトレス」

スポンサーリンク

ミュージカル「ウェイトレス」脚本・演出・曲・日本版キャスト全て最高に良かった!!この初演を観られてラッキーだった〜!!以下ネタバレあり感想です。

f:id:oukakreuz:20210324163228j:plain

2016年のトニー賞パフォーマンスを観て気になっていたのと、高畑充希ちゃん&宮澤エマちゃんが大好きなので観てみようと決めたものの、実はあらすじを読んだ時は自分が楽しめるか不安を感じていた。高畑充希ちゃんも「かなりドロッとしている」と言っていたけど、本当にポスターのポップさと裏腹になかなかえぐみがありそうだったので…。

アメリカ南部の田舎町。そこにとびきりのパイを出すと評判のレストランがある。ウェイトレスのジェナ(高畑充希)はダメ男の夫・アール(渡辺大輔)の束縛で辛い生活から現実逃避するかのように、自分の頭にひらめくパイを作り続ける。そんなある日、アールの子を妊娠していることに気付く。訪れた産婦人科の若いポマター医師(宮野真守)に、「妊娠は嬉しくないけど産む」と正直に身の上を打ち明ける。

ジェナのウェイトレス仲間も、それぞれ自分のことで悩む日々。ドーン(宮澤エマ)は、オタクの自分を受け入れてくれる男性がこの世にいるのかと恋愛に臆病だが、出会いを求め投稿したプロフィール欄にオギー(おばたのお兄さん)からメッセージが届き困惑する。また、姉御肌のベッキー(Wキャスト:LiLiCo/浦嶋りんこ)は、料理人のカル(勝矢)と毎日のように言い争っている。ベッキーは病気の夫の看病と仕事を両立しているのだった。

ある日、店のオーナーのジョー(佐藤正宏)が、ジェナに「全国パイづくりコンテストに出場し、賞金を稼いだらどうか?」と提案する。その言葉をきっかけに、ジェナは優勝して賞金を獲得できたら、アールと別れようと強く決心する。

診察を受け、身の上話を語るうちに、ポマター医師に惹かれはじめるジェナ。ポマター医師もまた、ジェナへの想いを抑えられず、二人はお互いが既婚者と知りながら、一線を越えてしまうのだった。

そして、ジェナの出産の日は、刻一刻と近づいていく……。

 (公式サイトのあらすじより抜粋)

ということであらすじの時点で公開されている「妊婦の主人公が担当産婦人科医と不倫する」という前情報にどうにも抵抗があり(笑)どんなに面白い作品だとしてもそこに引っかかってしまうんだろうなー、と思っていたんですよ。それが観てみると驚くほど作品への好き嫌いには影響しなかった。それどころか歴代のBW発日本版カンパニー作品の中でも上位に入るくらい好きだった。自分に驚いてる。

これまでフィクション作品で(事件性がない状況で)望まぬ妊娠をした女性に対して「なぜ避妊しないのだろう」と思っていた。夫の愚痴には「なぜそんな男と離婚しないのだろう」「そもそもなぜ結婚したのだろう」と思うし、不倫には「本当に愛しているならパートナーときっちり別れてからいくべきでしょ」と思う。でもウェイトレスを観ている間に考えていたことは、「完璧な人間なんていない」「本人も間違っているとわかっていても、その選択肢以外が見つけられない時もある」だった。

ジェナは夫・アールを愛していない。アールは典型的なモラハラ夫なのだが(ひとつひとつのエピソードはツイッターのママ垢でも見かけるような愚痴だったりして、現実に存在していてもおかしくないくらいなのが上手い。いや本当に実在してほしくないが…。)周囲から散々「あんなろくでなしとは別れなさいよ!」と言われてもジェナは離婚しようとは考えていない。自分はただのウェイトレスで、経済的に自立していないから。アールだって極悪人じゃない。「自分の人生はこんなもの」だと考えていたのが、思わぬ妊娠をきっかけにパイのコンテストに出場して「夫から逃げる」ことを考え始める。

ウェイトレスは脚本・演出・作曲・振付が全て女性スタッフで制作されている初めてのBW作品ということで話題になっていて、個人的には映画制作現場の黒人比率の話と同様、それ自体は良いことだと思うけど女性が制作していることがそこまで作品の内容に関わるかな?とちょっと疑問だった。でも観劇していて、「これは女性だから生み出された台詞、演出だなー」と思うところは多々あった。それは作品をより生々しくエグくしている部分でもあるのだけど(笑)妊娠検査薬を使うシーンの赤裸々な会話、初めて産婦人科に行く時のコーラス「ようこそ出来ちゃったクラブへ  あなたも可愛いエイリアンの奴隷」(可愛いエイリアン!まさに!)、夫の介護がきついしセックスレスだし不倫はするけど「そりゃそんなことくらいで離婚はしないわよ愛してるもの」と言うベッキー(リアル!)、そして何より陣痛以降の展開。こっそり貯めていた旅費がアールにバレてコンテストに参加できなくなり、「こんなはずじゃなかった、人生をやり直したい」と嘆き産む瞬間まで「アールの赤ちゃんは欲しくない!」と叫んでいたのに(これもとてもリアルだと思う、愛する相手の子だとしても産む瞬間に「赤ちゃんに早く会いたい!」なんてポジティブな気持ちでいられる人ばっかりじゃないよ死にそうだもん)産まれた我が子を抱いた瞬間に「この子のためならなんでもできる。夫と別れよう」と腹を括れる。この変化はもう遺伝子のせいとしか言いようがないのだけど(笑)子を産むってそういうことなんだよな。「母は強し」なんて一言では表せないけど、本当に母は強い。その後の曲もとてもいい。1幕でアールに「お前は俺のもの」と言われ受け入れていたジェナが「私はあなたのもの、あなたを幸せにするためになんでもする」と娘に歌う。

母親との関係、シスターフッドの描き方も、女性目線だなあと思う。方向性は全然違うのだけど、観ながら「マンマミーアみたいだな〜」と思ったのだよね。
ウェイトレスは母と娘の物語でもあって、ジェナが母から学んだパイ作りは彼女にとって仕事であり、自己表現であり、心の拠り所やストレス発散方法。ジェナがアールと別れる気がなかったのは、母が「ほどほどの幸せでいい」と言って酒浸りの父親と別れなかったことが確実に影響しているだろうし、母が死んだ時に側にいてくれたアールを見捨てきれないのもあるだろう。そして自身も娘を授かった彼女は、人生の舵を自分で取る決意をする。母に対して愛してるとか感謝してるといったストレートな言葉は出てこないけど、良くも悪くも人生に大きな影響を与える存在であることが伝わってくる。
親友のドーン、ベッキーとの関係も幼馴染や同級生ではない、互いに深くは突っ込まないけど味方だよ、っていう「職場の同僚」感がリアル。ポマター医師はジェナの人生に必要な人だったけど、一生を寄り添う相手じゃない。これまでもこれからもジェナを支えてくれて一緒に生きていくのは不倫相手じゃなくて女友達なんだよなあ。(というのもあって、不倫設定自体はあまり気にならなかったかもしれない…。ロマンスではあるのだけど一種の踏み台というか、ジェナに自己肯定感を与えてくれた人生のステップのひとつという感じ。)私はてっきりコンテストに優勝して街を出ていく話だと思っていたので、大事な人たちと娘を育てていくラストがとても良かったなあ。(ほんと、被害者側が慣れ親しんだ土地を逃げる必要なんてないよね!加害者が出て行け)

キャストも本当ーーにみんな良かった。

高畑充希ちゃんのジェナは発表された時は上品すぎるんじゃないか?と思ったけど、良かったなあ。アールを受け入れてしまう優しさや弱さ、繊細さがありつつコメディではしっかり笑わせてくれて、母としての強さは出産を経験していないとは思えないほどリアル。そして相変わらず歌が素晴らしい。高畑充希ちゃんの感情をのせた歌い方が大好きなんだよね…。She Used to be Mineはショーストップする素晴らしさで、キンキーブーツのHold me in your heartを思い出した。

ポマター医師の宮野真守はハマり役〜!ポマター医師ってよく考えると普通にクズなんだけど(アールのようにわかりやすいクズではないところが闇が深いと思う、こいつは絶対また流されて不倫するぞ)マモの人の良さそうな雰囲気がすべてを誤魔化してなんか素敵な人っぽく感じさせられる(笑)充希ちゃんとのデュエットは美しいし、ちょっと抜けたセリフの間の取り方が面白いし。

エマちゃんのドーンは期待通りのコメディエンヌだったし、浦嶋さんのベッキーもソウルフルな歌声が素敵だった。キンキーで好きになった勝矢さんはやっぱりこういう粗野だけど気の良い男役が似合う。佐藤さん演じるジョーも、従業員に疎まれるところと良い相談相手であるところが違和感なく同居していた良いおじいちゃんだった。思わぬ収穫だったのは、おばたのお兄さん!!観た人みんな言ってると思うけど(笑)歌もダンスも演技も上手すぎてハマりすぎていた!!これからもぜひコメディミュージカルに出演してほしいなあ。

あとあと、パイがすっっごい美味しそうだった!セットの随所にあるパイも可愛くて美味しそうだし、目の前で作られていく生地もそそられる…。本家の制作スタッフにはパイ作りのプロもいるらしいですね。自分もパイを焼けるんじゃないかしらと錯覚してしまうくらいすごく手際良く作られているし、綺麗にセリフや歌詞とマッチしていた振り付けも良かったな。

観劇後にめちゃくちゃパイが食べたくなって買ったら紙袋にJOEって入ってて運命感じちゃった。BWでは劇場でもパイを販売していたらしいですね、そんなの絶対買うわ…。

はあ、素敵な初演作品と出会えると心がうきうきするなあ。すでに再演希望!!