静の演技を味わう 天才作家の妻 40年目の真実

「天才作家の妻 40年目の真実」を見たので感想。

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ノーベル文学賞を受賞した偉大な作家ジョゼフと彼を支え続けた妻ジョーンが息子を伴いストックホルムの授賞式に出席する。授賞式にハイテンションになる夫と反対にどんどん憂鬱になっていく妻。彼を追うジャーナリストはこっそり妻を呼び出して尋ねる。「夫の作品は全て、妻であるあなたが書いているんじゃないか?」。妻は本当にゴーストライターなのか?過去と現在が交錯しながら夫婦の愛憎が描かれる心理サスペンス。

※下記ネタバレを含みますが、ネタバレ自体はこの映画の冒頭やフライヤーで明かされており、知っていること自体は問題無いかと思います。未見で気になる方は注意。

映画はノーベル文学賞の受賞の知らせを電話で受け取る場面から始まる。受賞の電話でも妻と喜びを共有したいから内線を繋ぎたいと言い、集まりでも私の成功の全ては妻のおかげだと公言するジョゼフは理想的な夫のように見える。しかし授賞式のためにストックホルムに向かう道中、到着後の息子への態度やジャーナリスト・ナサニエルとのやりとりに過去が絡み、夫婦のバックグラウンドが見えてくる。

40年も夫婦をやっていると、愛憎、という言葉だけでは言い表せない二人だけの関係性がある。夫の浮気に怒り狂い大声で言い争った次の瞬間には孫の誕生に涙を浮かべて抱き合う。顔も見たくないと部屋を出て行くのに持病の薬を飲むのは忘れないように声はかける。「地獄に落ちろ」と「心から愛してる」が不思議にも共存できてしまうのが夫婦なんだよなあ、というのがこの映画のリアルで面白く、深いところ。

ジョゼフが繰り返していた浮気、そもそも2人の関係が不倫から始まっていること、ジョゼフとジョーンの作家としての才能の差…。なぜジョーンがジョゼフの創作を手伝うことになったのか、それは二人の関係性だけでなく、時代的な男女格差の背景もある。単純にジョーンの書いたものをジョゼフの名前で出していた、ということなら話はもっと単純だっただろう。始まりが強制的なものではなく、あくまでジョゼフが自発的に申し出た文章の修正だったことや、ユダヤ人のジョゼフが注目されるべきタイミングに乗れたこと、ジョーンがジョゼフを失うことを恐れていたことなどが複雑に絡み合って今の状態まできてしまった。最初は確かに二人で出版を喜び合っていたはずだった。本が売れるようになるにつれジョーンは違和感を抱き、ジョーンの才能に打ちのめされるジョゼフは浮気を繰り返す。怒るジョーンはその感情を小説の表現の糧にする。才能を搾取され続け世に名前の出せないジョーンは一方的に被害者のようにも見えるけど、有能な前妻を疎む弱いジョゼフを略奪した負い目もあったんだろうな、というのが伝わってくる。

ジョゼフはとにかく弱く、自分に都合がよい考え方をし(自作の登場人物の名前すら忘れているくらい妻に書かせているくせに、編集して貰っているだけだと本気で信じている)、なんでこんな男がいいんだ?と思ってしまうけど、夫婦のことは夫婦にしかわからないんだよなあ。。真実を知った息子が激怒しているのを見る限り、ジョゼフは子どもの育て方は間違っていなかったのだろうし。

とにかくそんな複雑で曖昧な二人の関係は、授賞式後の晩餐会を機に一変する。ラストのネタバレは避けるけど、最後5分間の展開には驚いた。そして帰国便の中でのナサニエル、息子とのそれぞれの会話。これから何かが起こるのだろうと予感させる余韻のあるラスト。ジョーンは一人になっても書き続けるのだろう。本物の作家は書くことをやめられないものだから。

全編通して、とにかく主演のグレン・クローズの演技が素晴らしい。知的でウィットに富みつつ、内向的で控え目な妻ということで、声を荒げる場面などはほぼなく、眉の上げ下げやちょっとした視線の動きだけで複雑なジョーンの感情を見事に演じていた。ここまで静かに喜怒哀楽を表すことができるのかと感服する。ラストの雪とグレンの表情が本当に良かった。

ジョーンの若い時代が「こういう賢くて頭の回転が速くてでも社交的ではなさそうな女の子が恋愛結婚したらこんな感じに変化するんだなあ」というリアルさがあって、老後のジョーンに繋がるのがすごく納得!なんか顔も似てる(特に目の感じ)と思っていたら、なんとグレン・クローズの実の娘らしい。そりゃ似てるわ。

しみじみと、妻ってなんだろう、夫婦とは、才能とは…ということを考える映画だった。グレンがこの作品に関する式で「女性は良い伴侶や家族に恵まれたら自分の夢を諦めても仕方ないのか」というスピーチをしていて、色々と考えてしまった。結婚する前の自分がこの映画を見ていたら、もっとストレートに「なんでこんな男と結婚したんだろう?ここまで有名になる前に別れて一人で書いたら良かったのでは?」という感想を持ちそうだなあ、と思うけど…どんな結婚が正解かなんて本人が死ぬときにしかわからない。

しかしジョゼフだけ幸せなのはずるいと思っていたけど、最後の最後で目の前の伴侶の愛を信じられなくなってしまう、というところで彼は一番不幸なのかもしれない。ジョーンもきっとそれをしこりにしてしまうのだろうけど。続編は必要ないけど、その後がとても気になる、想像の膨らむ脚本だった。