普遍的なジレンマと希望を描く「マリー・キュリー」

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23年の初演時に大評判で気になっていた韓国発オリジナルミュージカル、マリー・キュリー。ノーベル賞を二度も受賞している科学者マリー・キュリーの人生に「こうだったかもしれない」フィクション要素を混ぜた作品である。

初演時は予定がつけられず、今回の再演でやっと観られた!キャストはこちらのチーム。

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よくできたファクション・ミュージカル

本作は「ファンレター」と同様に、Fact(歴史的事実)とFiction(虚構)を織り交ぜたファクション・ミュージカルと呼ばれる創作ミュージカル。

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この真実と虚構の混ぜ方がすごく上手くできているなあ、と思った。観終わった後に答え合わせをしないとどこがフィクション部分だったのかわからないくらい、よくできている。

たとえばマリーの親友アンヌが働くラジウム工場で起きた悲劇はかなり極端に描いているのだろうと思っていたらアメリカで実際に起きたことほぼそのままであったり、かと思えばラジウムの危険性についてマリーが把握していたかどうかは曖昧だったとされていたりというのは後から知った。マリーの夫の死因についてもラジウムのために足に障害が残っていたというのは史実にもあり、その足の傷ができるに至ったドラマはフィクションで、夫婦の絆を感じる名場面となっている。随所に絶妙な「こうだったのかも」のリアリティがあり、これらの点と点を集めてよくこのストーリーにしたなあ、と脚本の技量を感じる。

マリーの出身地であるポーランドでも上演して好評だったらしく、これはたしかに地元の英雄のファクションとして脚色具合が嬉しい作品だと思う。

人類の進歩とジレンマ

1幕はマリー・キュリーという天才が歩み弛まぬ努力の末にラジウムを発見するまでの成功の道を描き、2幕はラジウムの危険性に気づいたマリーの苦悩、彼女を支えた夫や親友の働くラジウム工場の仲間たちが亡くなっていく悲劇が描かれる。

マリーはずっと「まだ知らない世界の真実を見つけたい」知的好奇心と「女かつポーランド移民である自分も科学の世界では出自は関係ない、大きな発見をして名をあげてやる」という野心から、生活をほぼ犠牲にして研究に打ち込んでいる。そして発見されたラジウムは実際にがん患者を救い、経済的な効果も上げ、彼女はポーランド移民の星になった。しかしラジウム工場の従業員たちが次々と倒れて亡くなったことでラジウムの恐ろしい面が見えてくる。

人類が何かの面で大きく進歩するとき、光が強いほど影もあるもの。それは薬の副作用だったり、利益のため悪用する人間だったりする。夫妻がノーベル賞のスピーチでも言った通り「人類がまだその成功を乗りこなせるほどに成熟していない」ということだ。このジレンマは現代でもよく見かけることで、というか、今後もずっと人類が付き合っていかないといけないことなんだと思う。そういう意味でとても普遍的なテーマを描いているな、と思った。

そして科学者であるマリーがラジウムの扱い方について反省することはあれど、「こんなものを見つけなければ」と後悔することはなく、常に新たな打ち手を探そうと研究を続けている姿は「人類は良い方向に進める、進化を諦めなくてよいのだ」と感じられて、とても希望が持てた。安易に「私がラジウムなんて見つけなければ」みたいな後悔ソングを入れてもおかしくないところ、科学者としてのマリーの強さ、矜持が一貫しているのが素晴らしい。

ルーベンという分身

一番面白いキャラクターだなと思ったのは、マリーに援助をする経営者・ルーベン。この役を演じる役者さんはおいしいな〜。

ラジウムの危険性にいち早く気付きながら工員たちを騙し工場の稼働を止めなかったり、病人を盾にマリーを脅したりするのは明確に悪役なんだけど、単純に事業家として利益を追い求めるために倫理観を捨てている人物かというとそういうわけでもなく。「ボロ儲けできるとわかっていたエジソンのおもちゃの発明には投資しなかった」「第二のプロメテウスになりたい」と言っている通り、金銭的な利益より科学の進歩を見たい、世界を変えたいという欲の方が強い人物なのだ。(立場的にもお金には困っていないのだろうし…)

なので、ラジウムの研究や普及にあそこまでこだわったのはシンプルにラジウムの次なる進化を見たいという欲望からであって、ある意味、非常に研究者とマインドが近いのではないかと思う。マリーの中にある純粋な研究欲、知識欲だけを煮詰めてそこから倫理観を除いたものがルーベンという人物なのではないかと。

冒頭からルーベンがラジウムの擬人化のような登場をして舞台上を徘徊していたり、後半もマリーが「あなたはわたしなの?」とルーベンの姿をしたラジウムに繰り返すのもそういう視点があるんじゃないかなと思った。マリーとルーベンは表裏というか、科学の善性/悪性、知識欲/狂気を対照的に描いているのではないかな。

フェミニズムミュージカル

そして本作は思いっきり、フェミニズムを描いた作品でもある。マリーは女性であり、ポーランドからフランスに来た移民ということでアカデミアで偏見に晒され、差別を受ける。大学には女性用トイレがないし、男子学生には「ミス・ポーランド」なんて呼ばれて嫌がらせを受けるし、研究で大成功を収めても「娘に編み物を教えてない」なんて理由で叩かれる。ノーベル賞を二回受賞する際も夫のおまけのように扱われ、アカデミーには会員になることを拒否される。

時代もあって、研究で成功したから周りが手の平を変えて認めてきて快進撃!ともならない。きっとフランス人の男性が同じことを成し遂げたら得たであろうものと比べると、彼女はかなり割を食ってしまった人だと思う。

「私が誰かではなく、何をしたかを見てください」というセリフが胸に刺さった女性はたくさんいることでしょう。(現代のアカデミアのことはよく知らないけど、「リケジョ」なんて言葉を国がもてはやしているような状況を考えると、完全に変わったとは言えない状態なのではないか〜。)

救いは常に彼女の理解者である夫ピエール(授賞式でマリーが「キュリー夫人」と付属のように呼ばれていることに憤っている場面があってよかったな)が心から彼女の頭脳を信じ協力してくれていること、ポーランドの移民たちにとってはまさしくマリーはスターであったこと。

そういえば私が小さい頃に読んだマリーの伝記漫画のタイトルは「キュリー夫人」だったけど、最近本屋で見ると「マリー・キュリー」になっていた。かなり長い時間をかけてだけど、彼女の名誉や功績が個人のものとしても認められるようになってよかった。こういう作品を見るたびに思うけど、偉大な女性たちと地続きに現代の働く女性たちがいるんだな…。

キャストについて

マリー・キュリー:星風まどか

まどかちゃんがめちゃくちゃ上手くなっていて驚いた!!気の強いプリンセスなイメージが強かったけど、ギークな感じがあんなに違和感なく演じられるとは。

歌も無理してる感じが全くなくて、曲に声の音域が合っていたなー。

マリーがラジウムの危険性に気付いた時、なんとかしなくては、と思いながら「ラジウムを消されてしまったら、私の価値も無くなるのでは」と揺れる演技がすごく人間らしくてよかった。

アンヌ:石田ニコル

ニコルさんもお歌うまくてびっくり。面倒見良くて頼れる姉御肌、だけど本人も夢いっぱいで無邪気。蓮っ葉な感じもしなくて、絶妙な塩梅。

ピエール・キュリー:葛山信吾

初演が上山さんだったことを考えるとかなり歳の差設定に見えちゃうなあと思っていたのだが、圧倒的な包容力を感じてこれはこれで良いな〜と思った。マリーには恋愛的にラブ!というよりは頭の良さ含めて惚れていて、本当に理解者という感じ。同じ学者同士なんだけどマリーよりかなり社会性もあって生活面でも支えてくれてそう。

スイングが8人いて、あらゆる場面でいろんな役をしているのがすごかった。女性と男性半々だったけど、ソルボンヌ大の男性生徒たちにも女性が混じってたってことだよね?気付かなかったな〜。こういう1作品の中でころころ変身する役者さんたちってプロだなあ。

好きだったところ、合わなかったところなど

2幕、マリーがラジウムにアイデンティティを重ねすぎていたことをアンヌが指摘し「マリーはマリーというだけですごい、みんなの星だよ」と解放してくれるところでボロ泣き。正直この二人の関係性はシスターフッド物好きとしてはそこまでは刺さっていなかったのだけど(列車の運命の出会い、そこまで運命っぽさを感じず…)、「あなたは私の星」が良い曲でぐっと惹きつけられた。そして死んだピエールの幻に「痛くないの?」と聞いて検死をすること、ラジウムの危険性を発表する決意をするクライマックスの流れもとっても良かったなー。悲しい話だけど、希望があるラストだった。

若干合わないな〜と思ったポイントは、ルーベンがラジウムを讃える曲で最後に原発のきのこ雲が出るところ。やりたいことはわかるけど、ちょっと余韻残しすぎてるような。

アンヌが工員たちをフルネームで全員呼ぶシーンが何度かあって、ひとりひとりにちゃんと人生と誇りがあるのだということが伝わってきて泣けたのだが、一回でいいかなと思った。一度の観劇だとそこまで工員たちの個別のキャラクターが見えていなかったというのもあり。。

演出は全体的に韓国ミュージカルってこういうの好きだよねえ(象徴的なものの擬人化的なキャラクターとか、暗闇で鏡を見せて追い詰めるとか、「あなたはわたし」とか)という感じでちょっと闇パートの描き方がくどく感じたけど、ストレートなマリーの伝記劇、フェミニズム劇としてはすごく良かったな。私が大富豪だったら女子高の芸術鑑賞イベントとかで招待してあげたい作品です。

あと今回は今回で良かったんだけど、どう考えても初演の3人はこの作品にめちゃくちゃ合うな…と何度も思ったので何らかの形で見たかったよーーーと思いました。特に上山ピエール、マリーとの関係性が全然違うものが見られそうだしちゃぴ×くるみのシスターフッドも感じるものが違いそう。えーん。いつかスペシャル再出演してほしい。