とある彼女の破滅 イェルマ

英国の傑作舞台を世界中の映画館で鑑賞できる素晴らしいプロジェクト、ナショナル・シアター・ライブ(NTL)公式サイト
英国にいてもチケットを取るのが難しいような大人気の演目を、日本の映画館にいながら実際に劇場にいるかのような臨場感で、しかもたった3000円で全幕鑑賞できるのは本当にありがたい。英国でこれを観るためにかかる費用を思えば実質無料のようなもの。芝居に興味のある方は足を運んで絶対に損をしない体験ができると思う。過去の上映作も定期的にリバイバル上映されているのでおすすめです。

ということでNTLで現在上映されている「イェルマ」を観劇してきたので感想。

Yerma(イェルマ)

子宝に恵まれない女性が苦悩の末、悲劇を引き起こす――。スペインの劇作家フェデリコ・ガルシア・ロルカによる1934年初演作。現代のロンドンを舞台にしたサイモン・ストーン演出の本プロダクションは、2017年のオリヴィエ賞で最優秀リバイバル賞を獲得したほか、主演のビリー・パイパーが同賞の最優秀女優賞など名だたる演劇賞を総ナメにして話題となった。

編集者・ブロガーとしての仕事も順調で、長年のパートナーとロンドンにマイホームも購入した主人公。パートナーに愛され、自立した強い女性だった彼女は唯一自分の思い通りにならない「妊娠」に振り回されるうちに、心の奥底にあった満たされない気持ちが肥大化し、闇に飲み込まれていく。f:id:oukakreuz:20181001130643j:plain

主人公はエンドロールでも"HER"と表記され最後まで名前が明かされない。戯曲によくある手法だけど、このテーマだとより一層普遍性が高まるように思う。彼女のように「いつか後悔しないために」軽い気持ちで妊活を始めて不妊に苦しみ、世の妊婦や子連れを羨み、夫を憎んで崩壊していく女性はきっと現代に山のようにいる。脚本家が自身の不妊治療の経験を元にヒントを得たと言っていただけあって、彼女の言動や思考は周囲や創作物の中に見る不妊治療経験者とあまりにも近くてくらくらした。現在進行形で不妊治療中の方には鑑賞をおすすめしないくらい。不妊に苦しむ自分と対照的に望まぬ妊娠をしたきょうだいに腹が立つ、他人の流産の知らせを聞いてほっとしてしまい罪悪感に襲われる、妊娠可能日に酒を飲んで帰ってきた夫にブチ切れる、などなど、あまりにもよく聞く話なので、「不妊に悩む女はここまで残酷に、自分勝手になれるのか」という驚きは全くない。むしろあるあるの連続で、彼女の狂気がどこから急加速してしまったのかわからないのが、怖い。

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一番期待をしていたのが舞台美術で、評判通りとても美しかった。舞台は巨大なアクリル板でできた箱の中で進む。水槽のようにも見える箱から彼女は最後まで出ることができない。箱を囲む私たち観客は「世間の目」や「ブログの読者」として彼女の観察に加担していることを示しているのかな。しかし客席と舞台を隔てる壁があることでまだ客観的に芝居を観ることができて助かった。あの苦しい叫び声を客席に向けられていたら結構しんどかったかも。

f:id:oukakreuz:20181001130706j:plainセットはシンプルながら特に彼女とジョンの夢を具現化したマイホーム、屋上の庭が綺麗で、第7章以降に木が枯れ荒れ果てていく様子にはぞっとする。照明も暖かなものからだんだん冷え冷えとした光に、そして狂っていく彼女をストロボで照らしていく。
とにかく暗転が多く猛スピードで時系列が進んでいくので、見ながら前回からどれくらい時間が経っているのか頭を整理するのが大変なのだけど、シーンの合間に挟まれる字幕(これはNTLで特に活きている演出だったなあ)とクワイアが細切れの印象を整理してくれるのがありがたい。そしてあの暗転の間だけで数ヶ月後、数年後に気持ちを切り替える役者たちはすごいな…。f:id:oukakreuz:20181001131407j:plain

ロルカの初演があった時代は不妊に対する世間的な批判というものがもっと明確にあっただろうから、主人公が思いつめていくのにも不妊以外の理由は不要だったのかもしれない。子どもはむしろ贅沢品となりつつある現代に舞台を移したことで、子どもを持ちたがる彼女のエゴや、夫や周囲との温度差、リベラルな夫婦の見栄や「理想の自分」との落差の苦しみ、などが加えられ、彼女の人物像が非常にリアルで深みのあるものになっていた。ラストの悲劇まで至った最大の原因は何かと考えると、やはり不妊そのもの以上に根深いのが母親との関係なのだろうなあ。虐待とまではいかずとも幼い頃から母に満足に愛されていないと感じ、親子関係に不満を抱えていたから、自分を無条件に愛してくれる人を探し続けてしまう。彼女の姉のエミリーが駄目な男と別れられないのも、根本は同じなんだろうな。子作りの話をする前から彼女はジョンの愛情を試しがちだったし、彼女が養子でなく実子にこだわるのも、そこらへんが絡んでいそう。

不妊治療についてはどうしても女性側の立場から見てしまうので、ジョンがもっと早く寄り添う姿勢を見せていたら、仕事を言い訳にせず向き合っていたら、「子どもがいなくても君がいればいいんだ」ともっと早く伝えてあげていたら悲劇は防げたのではないかと思ってしまう。妊活始めて2年も経ってるのに精子検査を拒否する、理由は言わない、っていうのはさすがに酷いよね。
10年以上も入籍はせずパートナー関係でいたことからも、ジョンと彼女は自立し対等な関係を築いていて(というか式後の台詞から想像するにジョンはもっと早く結婚したかったけど彼女の意向で事実婚にしていたっぽいな)ジョンにとって子どもは重要ではなく、彼女を愛しているから、彼女の希望を叶えてやりたい、というくらいの存在だったのだろう。その考え方自体は悪いことでは無いけど、彼女がなぜそこまで子どもに固執するようになってしまったのか、ずっと側にいたジョンなら察することもできたはずだし。彼女への愛情は本物だったにせよ、同じ未来を一緒に見ている二人ではなかったんだろう。母親の「相性が悪い」はあながち間違っていない。

しかし一人の女性の地獄の苦しみと最悪の悲劇を描いておきながらタイトルが「イェルマ(スペイン語で"不毛")」というのが一番辛く悲しくこわい。観劇前はイェルマって主人公の名前なんだと思ってたよ…。しかし本当にこれは不毛な話なのだよな。子どもに限らず、身を滅ぼすほど何かを欲しがるものではない。
「私が人生を破滅させるんじゃない。人生が私を破滅させるんだ。」というセリフがとても印象的だった。