"ここにいる私"が問われ続ける カムフロムアウェイ

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日生劇場「カムフロムアウェイ」日本初演を観てきたので感想です。

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9.11テロが起きた時、アメリカが空域を封鎖したためカナダのガンダー国際空港に着陸するよう命じられた38機の飛行機に乗っていた7000人以上の乗客、そして人口と同じだけの異邦人(カムフロムアウェイ)を受け入れることになった現地の人々の1週間を描いた群像劇。

ロビーには「真実のものがたり」として実際に起きたことが時系列にまとめられているパネルが。観劇前に知識として入れておけてよかった。

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牧歌的な、木と椅子によるセット。中央の折れた2本はワールドトレードセンターを象徴しているそう。

作品について

12人の役者がひっきりなしに違う人物を演じ喋り続け、幕間なしの100分。役者も観客も一瞬も息が途切れずすごく集中している空間に終演後には疲労感も。とにかく、凄いものを見た。

実話がベースだけあって、人々の行動や心の動きのひとつひとつがとてもリアルだった。非常時にあらわれる多様性と偏見に対しどう一致団結して乗り越えるか。アメリカという国に常に付き纏う問題を題材としている戯曲で、なるほどこれは911から20年経ってもアメリカ人に受ける作品だろうと納得した。

「そこにあなたはいます/私はここにいます」という歌詞が繰り返される。ガンダーに着いて何時間も飛行機に拘束されて長時間の移動を経てやっとテレビを見て事態を知り呆然とする客たち。「自分たちがどこにいるかよくわからないけど、あそこにいないことだけはわかった」あの被害者はもしかしたら自分だったのかもしれないとか、そうでなかったことを素直に喜ぶこともできないほど衝撃的だった映像を、観客の私たちも思い出す。私も覚えている。ニュースを見たとき最初は映画を見ているのかと思った。NYで育った母が信じられない、と言って泣いていた。今ほどインターネットは身近でなくて、長い間いろんな人の安否がわからないことが報道されていた。ガンダーでも、乗客が最も欲しがったのは服でも食料でもなく電話だった。

(現代的な話だけど20年前なんだよなあ、を随所で感じた。「キューティーブロンド、ドクタードリトル2、タイタニック」の並びの懐かしさよ!あああの頃ね、がすぐ浮かぶ。)

7000人もいたらそれはもういろんな人がいて、トータル何人が演じられているんだろう?乗客全員に違う人生があって、それぞれの理由で飛行機に乗っていて、でも同じ理由で足止めされてこの地に降ろされた。そこに居合わせただけの人々が考えていることなんて全くバラバラで、でもニュース映像を見ていた時のように時々すっとひとつになる瞬間もある。1週間を経てすっかり馴染んでる人もいれば当然ながら最後までずっと抵抗感があってとにかく早く帰りたい人もいる。笑えるコメディシーンがふんだんに詰まっていてケルトっぽい音楽も軽快で、明るいお芝居ではあるのだけど、物語のベースに横たわる9.11という事件、失われたあまりにも大きなものがあって、ハートフルな話とは受け止めきれない。

ただ、ガンダーを離れる時に奨学金を集めようと言いみんながカンパをするところは感動したし、10年後の同窓会はとっても楽しかったので、観劇後の心は爽やか。あのラストのインタビューシーンだけもう一度見たい。カナダを離れてはい終わりじゃなくて、アメリカに帰国した後の話があるのが誠実で良い作品だなあと思った。それぞれの911との向き合い方、良くも悪くもみんなが人生を変えるきっかけとなってることが伝わる。

言葉が通じず警戒する乗客に対してガンダーの市民が聖書の「思い煩うことなかれ」の番号を指して気持ちを伝える。神の教えを通じて意思を通わせるシーンがある一方で、エジプト系やイスラム教徒の乗客が執拗な身体チェックを受け、他の乗客たちからもテロリストの一味ではないかと酷い言葉をかけられるシーンもある。911後に世界で起きたヘイトクライムのことを考えると心が重くなる。教会で様々な宗教の祈りが重なる”Prayer”がとても美しくて涙が出たのだけど、これは「どの宗教かは別として、祈る神がいることが前提」の国の話だ、と感じた。

またあらゆる曲の中で「自分じゃないみたい/私は誰/知らない別人になったようでも誰?」と繰り返し、あなたは誰なのか、自分は誰なのか、それは何を根拠としていたのか?と問い続ける。乗客にとってもガンダーの人たちにとってもアイデンティティを強く意識する時間だったろうし、観ている観客にとってもそうだった。別れ際、乗客に感謝されたガンダーの人々は「同じ立場になったら、あなたも同じことをしたでしょう」と返す。本当に?私も見知らぬ異邦人を家に泊め不眠不休で働くことができるだろうか?離れた場所にいる私は?困っている人の存在を認識して、何かしてきただろうか?アフタートークで咲妃みゆさんが「常に"あなたならどうする"を問いかけ続ける作品です」と仰っていて、まさしく。

日本版について

日本版はキャストが全員日本人であることから、原作のもつ多様性のメッセージはかなり薄まってしまっているのだろうけど、「有事の際の緊急対応」というピンポイントに日本人に刺さる設定が身近に感じさせているように思う。日本の場合は天災だけど、テレビで被害を見て絶句したこと、自分がそこにいなかったことを良かったなどとは言えない複雑な気持ち、被災地に少しでも何か協力できた時のほっとする心地、みんな覚えがあると思う。これはきっと日本版では意図が正しく伝わっていない(私が受け取れていない)のだろうなー、と思うセリフ・主にギャグや皮肉は結構あったのだけど、そこはさして問題ではないだろうと感じるくらい大事なメッセージは響く作品になっていたと思う。

で、それを実現したのはキャストの力は大きいなと思っていて。アフタートークで加藤さんが「ミュージカル界のアベンジャーズが集結した…」と仰っていたけど、まさにアベンジャーズ!よくもまあこんなに主役級キャストばかり集めてスケジュール確保できたね、って感じなんですけども。

「明確な主人公は不在の、名も無い人々の群像劇」なわけだから、本来は本国のようにオーディションで無名の(というか、その人だけをオペラグラスで追うようなファンのいない)人たちを集めるのが正しい作品なのだと思う。けれどシンプルに、この大量の登場人物たちを、誰も浮かせずに同レベルで演じ分けられる役者を12人揃えようとしたらこのスターたちになってしまうんだと思う。ガンダーで迎える人たちと飛行機の乗客たち(しかもいろんな乗客を同時に)の演じ分けもさることながら、あのくるくる動き回りながら全てのタイミングがピタッとハマる舞台転換も完全に達人芸。そして大スターたちがふっと気配を消す瞬間に「ここまでオーラ消せるんだ!これが演技力か!」と感動したよ。あと作品のテーマ的にもネームバリューのある人を集めないと興行収入的に難しかっただろうなと思うし、台詞がとにかく多い芝居なので個人的には顔がわかる役者だからついていけたかなというのも、正直ある…。

全員が全員、本当に上手いし印象的で(当たり前といえば当たり前)誰がどうというのは難しいが…演じる幅でいうと特にまりおさんにすご!と思った。暗い役もぶっ飛び面白キャラも、もはやなんでもできるよねまりお。浦井くんとの並びがなぜか懐かしさを感じる。それから咲妃みゆさんの存在感。あの濃いキャラクターたちに囲まれても目立てるのすごい。キャスター役のフレッシュな必死さ、そして動物さんが可愛すぎた。シルビア姐さんも濱田めぐみ・安蘭けい・柚希礼音・森公美子という濃厚な女たちの中で良い意味での普通さが際立っていて良かったな。安蘭けいさんダイアン×禅さんニックのロマンスはこの舞台で一番の清涼剤で、お二人ともかわいくて…このお二人でラブコメ見られるなんて〜嬉しいよ〜"Stop the World"の演出大好き。柚希礼音さんのガンダーの教師ビューラ役は隠しきれない関西弁がめっちゃ良かった(笑)いるよあんな先生。最後まで馴染めなかったハンナとの友情が良い。さとしさんはMR!に続いて「さとしさんはこういう役で見たいんですわ」が詰まっていて良かったね…。あと役として全体的においしかったのは加藤和樹さんで、財布を盗られたらどうしようと警戒していた彼の役がすごく良かった。帰国後に「ここよりずっと良い場所だった」というのも、10年後の町長とのやりとりも。もちろんパイロット役もいつもの加藤和樹のようで良かった。

細かい「ここ良かった」はいっぱい出てくるし観るたびに新たな発見もありそうだな、と思うけど、個人的には短期間にリピートするにはこちらのカロリーも削られる作品なので一度観られただけで満足かな。いつか本国版はきちんと観たい。そして普段はあまり人に舞台作品をお勧めしないタイプなのだけど、今回は友人にも「ぜひ観てみて」と勧めている。

あと題材は違うものの、小説「フィフティ・ピープル」を思い出したので読み直してる。カムフロムアウェイも小説で読みたい感じの話だな、個人的には。