キャストは豪華だが… ミュージカル「ベートーヴェン」感想

スポンサーリンク

ミヒャエル・クンツェ×シルヴェスター・リーヴァイコンビの新作ミュージカル「ベートーヴェン」日本初演を観てきました。先にお伝えしておくと辛口な感想なので、ベートーヴェンめちゃくちゃ良かった!という方や楽しみにされている方は回避してくださいw


f:id:oukakreuz:20240124171108j:image

f:id:oukakreuz:20240124171105j:image

いやー…大好きなコンビの新作ということで初演は一度は観ておきたいなと兵庫まで遠征して(東京でチケットが取れず…)観劇したのですが。

これがクン&リー作品でなければ「なんかM!みたいなの作りたかったのかなあ。でも曲のアレンジは頑張ってたよね。」と感じたと思うのだが、クン&リー作品であることによって「なぜM!という大傑作があるのに敢えてこれを作ったの…!?」と思ってしまった。

正直、がっかり寄りでした。韓国公演時の評判からちょっと想像はしていたものの…。こんなに豪華な、日本ミュージカル界で最も歌えて芝居できて集客できるキャストたちを集めておきながら、これ??と思ってしまった。エリザベートやM!で活躍されていた方々が多かったので尚更、「同じクン×リー作品なのに…」と落差が…。

人間ドラマの浅さ

本作の主軸はベートーヴェンの人生ではなく不滅の恋人・トニとの恋愛物語。のはず。恋愛にフォーカスするために葬儀以外のシーンはたった2年間の話にしているのだと思う。けど、その割に人間ドラマがとにかく浅い。二人の恋愛はつまり世慣れていない芸術家とそれを支援する大金持ちの人妻の不倫なわけですが、不倫であること以外の障害や困難がない。惹かれあっていく過程はそこそこ時間をかけていて丁寧なのですが、終わり方が「えっそれで諦めるの?別れるの?」という感じで消化不良。そして登場人物がたくさんいるのに二人以外のドラマはほぼゼロ。もったいない!!!

井上芳雄さんはさすが

芳雄に難しい曲をいっぱい歌わせようぜコンサートだなと思いながら見ていました。一人で何曲歌うの!?というくらい歌いっぱなし。他の役にちょっと曲分けてほしい。素人耳にも難易度の高い曲を完璧に歌いこなし、ベッドで仰向けになりながら歌っていたり、これシングルキャストでやってるのすごすぎる。偏屈な男性役も十八番ですからね。主人公だし、違和感なかったです。(そのぶん周辺のキャラクターが違和感だらけなのだが

ただモーツァルト!で演じたヴォルフガングと重なるところも多く(貴族との対立、親との確執、才能と愛の板挟み)しかしその全てがM!より描かれ方が浅くて、キャラクターとしては物足りなさを感じた。ヴォルフガング、トートという2大クン&リー作品の主演を演じ切ってからのこの役で本当にいいの?と感じてしまったけど、歌という点においてはこの役の初演をやれるのは井上芳雄だね、と納得はする。

他のキャラクターが記号的すぎる

まず”不倫だけど純愛なんです!”を主張するためにトニのキャラクター設定がご都合主義すぎる。可憐で聡明で芸術に理解があり子どもは深く愛している良き母親であり、しかし夫にモラハラを受けていて「愛を感じたことがなく」、主人公のトラウマを広い心で癒す聖母。いやいやいや。そんな女性おらんから。しかしそこはさすがの花總まり様、見ていると「トニかわいそう!頑張って!」の気持ちにさせてくれるのだが…お花様は理不尽な目に遭う生まれながらのお姫様、がお似合いすぎるのだよね…。それでも正直「でもでもだって」な様子は見ながらイライラしたし、お花様は実は強い女の役の方が似合うと思っているよ〜!

不倫を正当化するためにトニの夫・フランツはこれでもかというモラハラ浮気夫となっていて、それもちょっとわかりやすすぎるというか…。せっかく表現力のあるシュガーさんを配役しているのだからなぜトニを冷遇するのか、金に執着するのはなぜなのかみたいな曲があってもいいのになあ。しゅがーさんは人が良い役で拝見することが多いのでザ・悪役!って感じの曲を聞けたのは楽しかったですが。

ベートーヴェンの弟・カスパールには「兄を慕っていたが結婚を機に喧嘩し、のちに和解する弟」以外の役割がない。絶交の理由も「ベートーヴェンが弟の妻の悪い噂を聞いて結婚に反対する」というだけで、???だし。(これは歴史的にはきっと何か別の理由があるのだろう)カスパールには状況説明的な曲しかないし2幕ほぼ出てこない…海宝直人と小野田龍之介を配役しておいて!もったいない!僕はこんなに思ってるのに兄さんは〜的な曲を追加しようよ!(さっきから「こんな曲があと1曲あれば」の提案を勝手にしているな)カスパールの妻に実咲凛音ちゃんを配役しておきながらほぼ出番がなく歌いもしなかったのも謎だった、というか結婚を反対される理由が全くわからなかった…。M!ではモーツァルトが金目当ての一家にたかられるという場面がありますが、あれくらい見た目がヤバそうな女を連れていたら説得力があるのに。難癖つけてるベートーヴェンがヤバい奴でしかない。せめてどんな噂だったのか、それについて兄弟間で話しておくれ…。

はい次にフランツの妹(トニの義妹)ベッティーナ。木下晴香ちゃん!義姉の不倫を兄にバラしたり、トニのところに子どもたちを連れてくる予定だったのが裏切ったり、なぜそれらの行動をしたのかが全く説明がない。晴香ちゃんの演技によって「兄からモラハラ受けてるし逆らえなかったんだろうな」と想像はできるけど、いや、心情を歌わせてくれ〜!葛藤させてくれ〜!最後の裏切りの後なんて一度も出てこないし扱い酷すぎんか。なんのためにいたんだ妹ポジ…。しかしながらお花様と晴香ちゃんの並びは「生まれながらの姫たち」という感じで非常に麗しかったです。

 

役者さんお一人お一人の演技力によって可能な限り役を掘り下げていらっしゃるとは感じたんだけど、それにも限界があるというか、正直もうエリザやM!の役者たちによるパロディのような気持ちで「貴族を笑っていた圭吾さんが貴族やってるー」とか「耐える夫だったシュガーさんがモラハラやってるね」みたいな楽しみ方をしてしまった。。

 

実質ジュークボックスミュージカル

個人的に一番残念だなーーと思ってしまったのは曲。愛してやまないクン&リー作品、過去にも初演を見て「なんだこの脚本は!」と思ったことは何度かありますが(…)そんな時もいつも「でもやっぱり曲は素晴らしかった!!」と思っていた。

今回はほとんどの曲がベートーヴェンの楽曲をマッシュアップのように取り入れた音楽で、どれも耳馴染みがよく聞いたことがあるフレーズが多いのだけど、正直あまり耳に残らない。繰り返し聞くと違うのだろうけど、少なくとも私が一回見た限りでは帰り道に口ずさむような曲がなくて…。往年の名曲をミュージカルカラーにしたのはリーヴァイ氏ならではのセンスなのだろうと思いますが、正直この作品はクン&リーじゃなくても良いのでは…と思ってしまった。実質ベートーヴェンのジュークボックスミュージカル。ベートーヴェンの生誕●年記念コンサートとかで出されたら天才!!素敵!!と思ったかもしれないけど、伝記ミュージカルならここまで原曲配分強くなくても良かったのではと思う。それこそM!でモーツァルトの曲を使っているのって極々一部だし、あれくらいにしてくれたら…。

リーヴァイお得意の民衆の曲は「ここはウィーン」みたいなウィーン紹介ソングや酒場の曲など、どれも既視(耳)感が…ううん…。

演出もよくわからない

一番よくわからなかったのがベートーヴェンがピアノを弾いていると周辺に現れるゴースト。エリザのトートダンサーみたいな人たちで、歌うし踊るし動きはキレッキレなのだけど、で、結局君たちなんだったの感がすごい。M!におけるアマデ(ヴォルフガングの才能の化身)やトートダンサー(トート閣下の代わりに踊るし動くよ)とも違い、どういうタイミングで出てきてるのか規則性が見えない。「お前は才能に身を捧げろ」と言ってくるけどどの立場から言ってるんだ彼らは。てかベートーヴェンには彼らが見えているのか?もわからない。音楽の天使的なポジションなのか?役名ゴーストだけど。

そもそもM!のヴォルフのように「本人は音楽を離れて人間性を求めたいけど才能に振り回されてしまう」という話ではなく、普通に音楽を応援してくれてるトニとの不倫話なんだよな。作曲…すればいーやんっていう。もちろんベートーヴェンといえばの難聴についてとかはあるんだけど…なんか「恋愛でメンブレするベートーヴェンをゴーストたちがお前には音楽があるだろ!と励ましてる」ように見えるっていうか…うーん…。この作品には不要な役だなーと正直思ってしまいました。少なくとも恋愛物語をやるならこういう架空の存在より人間同士の心情を深めるシーンが多い方が良かった。

1幕ラストの譜面が舞い落ちる演出とか、雷の轟く空とか、2幕葬式前の場面とか、視覚的に映えるね!いいね!と思うところはあったのですが(韓国ミュージカルっぽい)あまり場面に連続性がなかったんだよな…。

 

…なんかあれこれ文句ばかり言ってしまったのですが、キャストは本当に良かった!!!素晴らしかった。あと普段クラシックコンサートをしている兵庫芸術劇場で観劇できて、音の抜けも良いしホールの雰囲気にも合っていてそれも良かった。

これだけチケット売れていたし、再演…いずれするのだろうなあ…。MAのようにバージョンアップしていくことを祈る!

 

www.oukakreuz.com

余談。同じベートーヴェンを主題にした宝塚のfffを観た時に「詰め込みすぎ!」と思ったものだけど、今回は「fffの方がまだ人間のドラマを作ろうとしてた…」と感じた。こちらもナポレオンとか出してもよかったんちゃう。ちゃうか。