韓国版エリザベート2022年版を映画館で見てきた。楽しみにしていた韓国ミュージカルonスクリーンの第一弾、想像以上の人気で都内完売しまくりのなか、なんとか2回は見られた!大画面でエリザベートを堪能できて大満足。まとまらない感想残しておきます!


私が韓国でエリザベートを観劇したのは2012年の初演版。その後コンサート版など映像では見ていたものの、10年以上ぶりに全編観劇&かつ初めて字幕付きで見たのでやっと理解できた部分もあり。また演出等については東宝版ウィーン版韓国版の記憶が入り乱れていて、いつどのverからの変更部分か曖昧なのでご容赦ください…。(エリザの感想書く時に毎度言っているw)
シシィ一強のパワーバランス
韓国版、というかオク・ジュヒョン女帝のエリザベート役をひさびさに見てその強さに震えた。エゴイスティックなこれぞシシィ!自由ガチ勢!!国とか民衆とかどうでもいい、あれだけ欲しがってた子の養育権も執着していた美貌も、すべてはただ自由を得るための道具でしかない。昔劇場で拝見した時も圧倒的な歌唱力に感服しましたが、当時はトートを東方神起のジュンスが演じていたのもあり、もうちょっとトートの比重が大きく見える演出(と客席の空気)だったと思うのだよね。その点、2022年のエリザベートは完全にシシィが支配するシシィ劇場だった。
ということでこれは韓国版というよりキャストの感想という面もあるかもしれないのだけど、シシィの力配分がめちゃくちゃ強いエリザベートだな、という感想を持った。
各国版「エリザベート」のパワーバランス
私の勝手なイメージは下記の通り。
・ウィーン版
シシィ>>トート=ルキーニ>>>フランツ
・東宝版
トート>>シシィ>>ルキーニ>フランツ
・今回の韓国版
シシィ>>>>>>>>ルキーニ>>トート>>>フランツ
という感じで、もうとにかくシシィが強い!!!フランツはともかくトートもほぼ相手にされていない!!なお私の理想のバランスはウィーン版で、シシィが1番強いが物語の手綱を握るのはルキーニ、という構図が好みです。
オリジナル(ウィーン版)のシシィもかなり自己愛が強い人ではある(ウィーンのシシィミュージアムに行ったときに解説がなかなか突き放したテンションで、国民から愛された悲劇の皇后というより自由奔放で当時の価値観では勝手な女性という紹介の仕方だったので、オーストリアではこういう扱いなのか〜ミュージカルはかなり忠実なのねと思った)のだが、特に2幕は疲労感や不安定さの要素も強いと思うんですね。その点、ジュヒョンさんのシシィはとにかくずっと強い。狂気の中にあってもギラギラと輝いている。自分の邪魔をする奴はなぎ倒していく系シシィだった。
キャストについて
イ・ジフンさんのルキーニは狂言回しで場を回しつつスタンスはけっこう皮肉な傍観者であり、そこまで狂気の人という感じはない。個人的に声の高低差が激しくてキンキンするエキセントリック強調ルキーニが苦手なので、ジフンルキーニの理性的なセリフの調子は好みだった。私の中ではウンテさんのルキーニがベスト解釈なので、複雑さではちょっと物足りなく感じた…けど歌もとっても良かったです。
ギル・ビョンミンさんのフランツは、お歌が抜群に良い分、ずっと可哀想だった…。「鏡の間」で「私の主は君だ」と歌っていて、この人は皇帝なのに本当に一生自分の主になれない人生なんだなあと気の毒になる。宝塚版や東方版によくいる賢君・包容力あるフランツではなく、初登場時から一貫して諦めの人だったな。ゾフィーが亡くなってからの頑固親父感もよかった。
イ・へジュントートは髪のラメラメが光っていて常にキラキラしていた(そこ?)大事な場面で威嚇のようなため息を吐いていたのが蛇っぽい。喜怒哀楽の喜が結構強めの演技で面白かったな。ルドルフ転落時の高笑いとか。今回トートの立ち位置が一番わからなかった…ので後ほど演出部分で書く。
あとは皇太后ゾフィのシステムに取り込まれた報われない人としての演技が良かったな。「ゾフィーの死」は最後の最後に息子への愛が滲むタイプ、皇室に尽くしてきたことの誇りが見えるタイプといるけど、ジュアさんのゾフィはシシィと戦いシシィに負けた…という曲に聞こえた。
ルドヴィカ/マダムヴォルフの陽気でコミカルな歌も好きだったなー。リヒテンシュタインの長年かけて地味にシシィと心通わしていそうな演技も良かった。
今更ですが韓国ミュージカルはほんっとうに歌が上手い方しか舞台上にいなくて耳がずっと幸せですね…。「鏡の間」や「悪夢」の歌の殴り合いは迫力がすんごかった。
韓国版の演出について
セット
まず何よりも言わせてほしい、ヤスリは最高!!!エリザベートといえばヤスリ!!日本のエリザベートもヤスリ演出をつけてくれるなら2階席後方2万円もギリギリ許す!!!
ウィーン版を踏襲した、舞台上手から伸びているヤスリ(エリザベートを殺害した凶器)型の吊り橋。「最後のダンス」や「第四の諍い」でトートが印象的に使用しているセットだけど、あれがあることでこの舞台が常にシシィの死への道を描いているのだと感じられて本当〜に好きなんですよね。シンプルに画に上下差が生まれるデザインも好き。
そして韓国版ならではの演出は、回りまくる盆。どの場面でもくるくるとにかくよく回る。これは演者の皆さんも大変だろうな…。「私だけに」や「私が踊る時」では盆も回るがシシィ本人もぐるぐる回っている(そして歌声が全くブレない)ので「どうなってるの!?」と思いながら見ていた。
構造、対比がわかりやすい
初演を見た時には「かなり視覚的にわかりやすく、噛み砕いた演出が多いな」という印象を受けたのですが、特に1幕は「ルキーニに操られている芝居だよ!」が強調されているな〜と思った。あと「結婚一年目」のマリオネット演出はそういえばこんなのあった!と笑ってしまった。
またいろいろな場面で1幕VS2幕の対比がわかりやすい。特に好きなのは「あなたが側にいれば」と「夜のボート」の対比にルドルフの持っていた帆船が使われている演出なんですが。
最近の各国エリザ演出でめちゃくちゃ好きなのは韓国版のフランツ&シシィ、嵐も怖くないではボートの上で愛を囁く→ そのボートのおもちゃで遊ぶ少年ルドルフ→2幕の夜のボートでは2人が小船を海に流す、という流れ。戻れない過去を悼む感じが…。
— 桜花 (@oukakreuz) 2019年8月12日
あそこはさらにその後の「悪夢」でも船を模した演出と繋がっていて、おお!となりますよね。
他にも
・シシィが自由を求めると決意して力強く歌う「私だけに」と精神病院で自分は何も得られなかったと歌う「魂の自由」(2幕で一番良かった、すごい見せ場になっていて感動した)
・「パパみたいに」と「パパみたいに(リプライズ)」の綱渡りの振り付け
・シシィ→フランツの「つまりあなたも私を見捨てるのね」とルドルフ→シシィの「つまりあなたも僕を見捨てるんですね」、さらに「ママ、どこなの」のワンフレーズ追加
など、ウィーン版も同じ構成のはずなのだけど、韓国版の方が対比が強く感じられた。
他、印象に残っているところメモ。
・「不幸の始まり」のトートのアクロバットブランコはなかった。今の演出にはないのか、キャストによるのか…?
・結婚式の時点でフランツははしゃぐシシィを嗜めている。あそこ、役者によっては結婚ハッピーで浮かれている感じのフランツもいるので最初からかみあってないのが際立つ。
・結婚式の最後、初夜を覗きにおっさんたちが集まっているのキモい。
・「最後通告」でトートがベッドにばーんと寝転がってるのおもろくて好き。
・ルキーニ、客席降りでずっとマスクしてんのすごい。そういえばコロナ禍だったのか。お土産ばらまきまくりだよね。2012年の写真を漁っていたら当時の観劇で隣の方がゲットしたキッチュのお土産写真が出てきたんだけど、サインとメッセージ入りだった!



パンフのサイン↓と照らし合わせるとジュヒョンさんのサインだよねこれ?毎公演で何十枚も作ってるのかな…。※いきなりですがここで自慢させてください。2013年来日時に女帝にサインしていただいた2012年のパンフレットです!!家宝のひとつ。

・「私が踊る時」でトートがエレベーターで降りてくるのはそのままでやっぱりふふっとなった。
・「マダム・ヴォルフのコレクション」店に来るのは侯爵だけで他のメンバーいない。店の客はトートダンサーたち。マデレーネが明らかに若い頃のシシィに寄せた見た目なのえぐい。メリーゴーランドにいるトート、画が好き!!!
・ウィーンのカフェで新聞持って座っているトートも画が好き!!!!
・ゾフィーの顔に手を覆うとこも好き。あの手のアップありがとうございます。
・「僕ママ」の前にコルフ島が入っていてリヒテンシュタインも「今は本当に無理です」と止めているので、かなり間の悪い時に来ちゃったんだなーとちょっとシシィに同情できる流れになっている。
・「僕ママ」の歌詞、「僕がママの鏡だったら見てくれるのに」とここにきて新しい解釈含んだ訳詞で面白いな。
・2幕の帝国主義の終焉、退廃的な雰囲気はやはりウィーン版の方が伝わってくる。HASSがないのも大きいかな。代わりに闇広のバックにナチっぽい映像が流れていた。
・「幕が下りる」のシシィ、最後に黒い服を脱ぐところがするっと脱げてていい。ウィーン版とか結構ばりっ!べりっ!と脱ぐ感じなので。
・最後真っ白な服着たトートが迎えにくる場面、カメラワークもあって夢女スチルぽくておもろい。
トートとエリザベートの関係について
今回の二人の関係も解釈が難しかったなあ…これは永遠に答えの出ない問題なんですけども…。
「愛と死の輪舞」がデュエットになった(ウィーン版新演出から)ことで、宝塚版・東宝版で植え付けられた「トートがシシィの生命力あふれる美しさに一目惚れしてストーカーになる」という印象がガラリと変わり、「最初からシシィもトートに惹かれており、自分の中に死がいるのを感じている。シシィにとって死が最終的に求めるものであり、最初から二人はひとつである」という解釈ができるので、私は輪舞はデュエットverが大好きです。今回「最後のダンス」でもシシィの方から吸い寄せられていたしなー。
それがシシィの自我の目覚め、ゾフィ・フランツとの戦いに勝利し、さらに政治的にも力を増していく中で生きながら自由を求めるようになり、しかし魂の自由は得られず精神のバランスを崩していく…そして最後は死によって滅亡に向かう世界から解放され真の自由を得る。ラストの接吻とその後のトートの唖然とした表情から、シシィは死すらも利用して勝ち逃げした、死後の世界からも逃げ切ったのだと感じたんだけど。
ウィーン版のシシィすら「抵抗したいけどトートに惹かれている」という感じがあるのに今回の韓国版シシィはまじで恋愛要素ゼロ、ただただ自由だけが欲しいシシィだったように見えて。少女時代の自由=死という刷り込みが際立ってた。
そうするとトートってどういう立ち位置なんだろう?というのが不思議だった。ウィーン版の「見る人にとって魅力的な姿に映る(シシィにとってはハイネ、ルドルフについてはマリー・ヴェッツェラ)」という演出にも思えず、トートは人格を持って恋愛してそうだけど、シシィからは概念のように扱われているような…。ていうかオクさんのシシィはフランツとすら恋愛はしていなくて、少女時代の窮屈さから抜け出すひとつの手段として結婚していないか?とも思った。
韓国版に感じること
今のところアジアでエリザベートを上演しているのは日本と韓国のみ。
日本はまず宝塚が輸入し、トップスターを頂点としたスター制度にキャストを当てはまるように大幅に演出を変えている&トートとシシィの恋愛物にしているため(私は潤色作品としては大好きです、イケコに思うことは多々ありますがこれは本当に功績だと思っています)オリジナルのエリザベートとは完全に別物。さらにそれをベースにした東宝版はエリザベートを主役に据えているものの、宝塚版の恋愛要素も残った独特の進化をした作品。
対して韓国版はウィーン版をそのまま輸入していて、オリジナルにかなり近いカラーの作品になっていると感じる。のですが、お隣の国で韓国ドラマなど普段からコンテンツに馴染みがあるからこそ、「韓国ならでは」のメッセージ性もあるなとも思うんですよね。
たとえば、家族関係の描き方。ゾフィとシシィの嫁姑対決、間に挟まれて何もしないどころか「母に従うのも務め」と言っちゃうフランツ…韓ドラでめちゃくちゃ見たやつだー!!ってなるし、ルドルフとフランツのぎくしゃくした空気も、政治的主張の説明以前に「父息子ってこういう感じ」が伝わってくる。
それからシシィが美しさから民衆や政治に求められ、それが唯一の美点であるかのように他の個性は全て潰されることは、アジアの中でも特にルッキズムが激しい韓国で演じることでより残酷さが際立つ。だからこそシシィ本人にとっては美の追求は「自由を得るための武器」であること、が強調されているように感じた。国も民衆もどうでもいい、というエゴイストぶりが際立つけど、シシィも最初からそんな人間だったわけではなくて、お前の意思なんていらないと踏み躙られ続けた結果なんだよね。シシィが打倒家父長制を背負ったキャラクターだとは思わないけど、見る人にはそういう勇気を与えるんじゃないか、と思った。これはウィーン版や東宝版を見ていた時には感じなかったことだなと。
映像化ありがとうございます
カメラワークよかったな〜!!特に下手側から撮るアップ映像が普段の客席からでは絶対に見えない画角で面白かった。映画としてもすごくよかったのでこれから定期的に上映してほしい…。
あと今回のために作ったと思われるオープニング映像とメドレーめっちゃよかった!!あの編曲初めて聴いた!!時間と共にドレスの影が伸びていく幕間の映像も凝っていてよかったです。


残り4作品、行ける限り通おうと思っております。今回は発売開始時間に待機して頑張って取らないと即完売で、映画でこんなにチケットが取れないの初めてでびっくり嬉しかった。この調子で爆売れし続けてほしいそしてあわよくば他作品もやってほしい…。今回唯一の残念ポイントはどの作品でもウンテさん出演回がないことなので…JCSとかフランケンシュタインとかもどうですか?あと話題になってるからメイビーハッピーエンディングとかも…。
エリザは26年に上演も控えているので、できたら新演出見に行きたいな〜。
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