平凡な2人のMA 韓国ミュージカル on SCREEN「マリー・アントワネット」

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韓国版マリー・アントワネット2021年版を映画館で鑑賞しました。

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初めて観た新演出版

MAは2006年の初演を観ていて(日本が世界初演なんですよね、実は)それ以来なのでなんと約20年ぶり…。当時生まれた子が成人してる!こわ!

楽曲はコンサートや音源でよく聴いているものの、芝居として見るのはとんでもなく久しぶりだったのと、噂の通り新演出版が初演版と完全に別物だったのでもはや初見の気持ちです。

 

初演でMAを観たときの感想は正直「なんでこうなった」で、リーヴァイ氏による楽曲はめちゃくちゃ良いのに脚本が意味不明すぎて、全世界初演なんて謳っておいてこれはどういうことなの???と怒りと失望でいっぱいだった。狂言まわしが多すぎたり、話のテーマがとっ散らかっていて、マリー・アントワネットという日本のミュージカル観劇者の間では最も知られているだろう女性の一人の話なのにあらすじも伝わってこないという、シンプルに言ってしまうと駄作だと思っていました。※好きだった方はすみません。

で、韓国公演も経て演出が変わり、2018年の再演の際には「かなり内容が変わったらしい」とは聞いていたんですが、観る機会がなく。。2021年版の映像をちょろっと見た限りでも歌唱シーンだけではあまり変化をわかっておらず。

今回、全編観て初めて、「まじで別物になってる!!!!」と衝撃を受けました。知らない曲もいっぱいあるし、元々あった曲が違う使われ方をしていたりするし、何より登場人物もかなり変わっている!

初演は錬金術師カリオストロと劇作家ボーマルシェ(二人とも狂言回しをする上に、カリオストロはフランス革命全体を操っているという謎設定)の存在が話をとんでもなくややこしくしていると思っていたので、まるっと消えて本当に良かった。前半は首飾り事件、後半はそれ以降、登場人物もそこに関わる人たちだけになってめちゃくちゃわかりやすく整理されていた。

マルグリットに影響を与える修道女アニエスがいないと思ったら「神は愛してくださる」はランバル公夫人という役が歌うことになっていたり、なるほどな〜な変更がたくさんあり、今更ながら初演と新演出をそれぞれ見比べたくなりました。無理な話だけど。

ということで浦島太郎のような状態で観た韓国版onスクリーン。

平凡な人間の物語

クンツェ&リーヴァイコンビがつくった伝記ミュージカルは複数ありますが、「エリザベート」や「モーツァルト!」が「非凡な人間が特別な運命を引き寄せてしまう」話であるのに対し、MAは「非凡な運命にある平凡な人間がどう生きるか」の話なんだなあ、というのを感じました。

ツヴァイクの「マリー・アントワネット」でも「悲運こそが、アントワネットという平凡な人間の祖先から受け継いだ偉大さを引き出した」的なことを書いていたけれども(うろ覚え)アントワネットって女帝テレジアの娘でありながら本当に平凡な少女で、それがフランス革命という大きな波が襲ってくる中で女王として開花していく人間だったという解釈をされている。のだけど、ミュージカルに出てくるアントワネットの人物像にはわりと幅があって、最初からけっこうカリスマ性があったり賢さを見せていたり、もしくは過度に愚かさを見せたりというものもある中、MAのアントワネットはとことん幼く、少女性を強調していると思う。

前半はフェルゼンから再三の忠告を受けても自らの置かれた立場、国民からの見られ方を客観的に理解することができず、「私を守って、愛して」を繰り返すゆるふわちゃんである。それが強い意志を持って政治にも口を出すことになるタイミングも、王家としての誇りや国家への責任感とかではなく、大嫌いなロアン枢機卿に嵌められた!という私的な怒りからであって、やっぱりなんかズレてるんだよな〜となる。(このアントワネットの目覚めのタイミングは各作品違うけど、MAが一番幼稚さを感じるなあ…。)

 

対するマルグリットも、革命を率いる意志の強い女性かのように見えて、一方的な「正義」を盾に真偽がわからないデマをばらまきアントワネットへの誹謗中傷を扇動する、だいぶ厄介寄りな女だ。初演の時はもっとストレートに「戦うヒロイン」という印象があったのだけど、今回見ると「デマに簡単に踊らされる上に積極的に広報活動までしてくれる、オルレアン公のような黒幕にとっては扱いやすい捨て駒」で驚いた。

ルイ16世もどこまでも凡庸な男として描かれるし(「もしも鍛冶屋だったなら」は良い曲なんだけど、君も可哀想なんだけどそんなこと言ってる場合ちゃうやろ、とつっこみたくなる)単純明快な欲のままに動くオルレアン公、風見鶏のようなベルタンやレオナールなど、MAの登場人物ってみんなが「平凡な人」で、革命物にはお約束の「圧倒的なカリスマ性のあるリーダー」なんかがいない。観ている側は自分ならどの立場で動く人間だろう、と等身大で考えられるつくりになっているように思う。

アントワネットが平凡な人間であるからこそ、一人の妻、母としての純粋な愛情は伝わってきて、すべてを暴力的に奪われる後半は誰が見ても苦しい。またマルグリットも平凡な人間であるからこそ、監視役として共に時間を過ごすことでアントワネットに同情を寄せ、いきすぎた裁判に疑問も抱ける。

 

現代への問いかけ

ものすごくわかりやすくなっている新演出、テーマもめちゃくちゃ口に出して教えてくれる。(個人的に演劇でそこまで言っちゃうのってどうなのとは思うけど、話の流れもよくわからなかった初演よりは良いかな。)

そのまま歌詞になっている「正義とは何なのか」「暴力の連鎖はどうやって止めることができるのか」や、フェルゼンがマルグリットに言う「君は人生に裏切られてきたから、自分より恵まれた人を見ると奪われたような気になってしまう。そこにあるのは愛されたいという渇望だ」など。

自分が幸せじゃないのは自分より恵まれている誰かのせい。自分より幸せな人は叩いても構わない。こういう人、現代に多いよね、増え続けているよね〜。それを利用するオルレアン公も貴族なのに、お金をばら撒いているだけで自分たちの味方だと錯覚する民衆。アントワネットへの誹謗中傷のやり方もだけど、すごくストレートに現代社会を風刺しているな。

フランス革命を描いている舞台作品は本当にたくさんあるけど、「自由・平等・博愛の精神による崇高な理想を追うもの」とする作品もある一方、こういう「人間の愚かさ」を押し出しているという面で、「二都物語」との類似性を感じた。

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後味の悪さも、けっこう近い…。

 

マルグリットの被害者意識と正義感には都合の良さも感じるけど(少なくとも首飾り事件については自分は詐欺に加担した加害者側だよね?それを黙ったまま民衆にロアン枢機卿を応援させることはかなり悪質だし、自身の正義には反しないんだろうか?と思う)一方で目の前で飢えて死んでいく人がいる時に「贅沢三昧している貴族も人間だから、相手の事情も考えましょう」というのは無理な話だ。当時のフランスが革命以外で民主主義を手に入れられたとも思えないし。しかし恐怖政治や虐殺はいきすぎ。その塩梅が人類にはまだ難しいのであった(絶望)

 

好きだったところ、微妙なところ

・なんかずっとフェルゼンが格好良かった。というかフェルゼンだけがずっとまともだった。あんなにまともな人があそこまでアントワネットに献身的だった理由だけがわからなかった。1幕のプチ・トリアノンでの口論とか会話が全然噛み合ってないし。あれだけストレートに忠告してもわからない相手、普通は愛想をつかさないか。そしてアントワネットの死を聞いて「信じられない、考えられない」と嘆くのも「いやあなたが一番こうなるってわかってたでしょ!!」と思ってしまった。

・オルレアン公の俺俺俺俺!!!ぶり、いっそ気持ちが良い。インターネットにおいてはこういう奴が一番嫌いなのだが…。

・ギロチンの開発にルイ16世が関わっているシーン、ちょっと演出がコテコテすぎるなと思う。

・公園の宴、盆をまわしながら「身の丈を超えた欲を持つ」的な訳詞が詐欺とかかってて面白かった。M!のプラター公園っぽい場面。

・善良で信心深いランバル公夫人への虐殺を見せられて、息子を奪われて、アントワネットが絶望しきっているのをマルグリットが悲痛に見つめる場面の終わりで「心の声」のフレーズが流れるの、君たちが高らかに正義を掲げて歌ってたのって、こういうことでしょ?という皮肉が利いていてぐさっとくる。

・マリーとマルグリットの血縁設定はやっぱり唐突だし、絶対いらないよ!!あなたも私も同じ人間で、フェルゼンが言っていたように「人生に裏切られる」ことによってどちらにも転ぶよという気づきを与えたってことなんだろうけど、それにしても終盤でいきなりあの情報が入るとマルグリットの心の揺らぎがそれ起因なんじゃないかとミスリードを誘うような。

・というかテレジアの夫が死んだだけで愛人の家がそこまで落ちぶれるかなあ??フランス旅行中に一瞬手を出した使用人とかだったらそういうこともあるのかなあ?まあそれをいうと冒頭にマルグリットが普通に舞踏会に紛れ込めてるのも警備どうなってるんだよ、なんだけど。フィクションであることは前提としてもそういう細かな部分にツッコミどころがある。

・ルイ16世は愚鈍ではないがどこまでも王の器ではない人、という描き方でちょっと気の毒に感じた。他作品ではもうちょっと賢君ぽさ出てる気がするのですが(アントワネットとの対比で)

・しかし常々思いますが、マリー・アントワネットを題材にしたフィクション作品としてベルサイユのばらの出来を超えるものってないな…首飾り事件も三部会もヴァレンヌ逃亡事件もベルばらが圧倒的に流れがわかりやすい、かつ史実とフィクションの織り交ぜ方が上手い。私はベルばらで息子との近親相姦を問われた時の答弁のセリフがすごく好きなので、MAのあそこは名場面だけど若干物足りなく感じてしまった。

 

キャストについて

韓国でミュージカルを観ると必ず思う、キャスト全員、歌のパワーがつよつよすぎて耳が幸せ!!!特にデュエット!アントワネットとフェルゼンのデュエットは美しく、なんかこの二人応援した〜いという気持ちにさせられるし、「憎しみの瞳」はマルグリットとアントワネットが真っ向からバチバチに歌で殴り合ってて楽しすぎる。

キム・ソヒャンさんのアントワネットはやはり晩年が圧倒的に良くて、1幕のふわふわ夢の国のお姫様〜なマリーと同じ人が演じているとは思えない。幽閉生活のストレスから白髪になり、全てを失ってボロボロになっていても目が爛々と輝いているのが怖かった。最後まで自分の運命から逃げない、強いアントワネットだった。ソロ曲でのいつ終わるの?というブレスの長さもさすがです。

マルグリット役のチョン・ユジさんは今回初めて見た女優さんな気がする。お歌が上手いのはもちろん、映像なのもあって細かな表情の変化が見て取れた。もともと社会への怒りを抱えたキャラクターではあるものの、オルレアン公に利用されてジャコバン派で過激に活動している時はちょっと見ているこちらがしんどくなるような邪悪な表情になっていて、それがアントワネットに同情するようになってから毒気が消えていき、ラストには憑き物が落ちたような表情をしている。

フェルゼン伯爵役はドヨンさんはアイドルらしい。ほんと韓ミュ見てるとアイドルも俳優と全く見劣りしない歌のうまさでびびる。前述した通りずっとまともで爽やかで誠実なフェルゼンで、これは彼の役作りなのかそういう脚本なのか気になるところ。彼の知的レベルに合った令嬢と幸せになれたでしょうに…と思ってしまいました。

 

ということで久しぶりに観たけど個人的にはやはり大好き!にはならない微妙な立ち位置の作品だった。フランス革命ものもアントワネットが登場する話も見過ぎていてつい描き方を比較してしまうというのもあるけども。リーヴァイの曲はすごく好きなんだけどな〜。もちろんこれを映像で観させていただけるのは大大感謝で、観られてよかったです。そういえば今回の収録はラスト以外の拍手の音がカットされていて、「これだけ歌い上げられたら拍手したいよ!」という時に拍手音がないのが若干気になったので、私は舞台映像にも拍手欲しい派なんだなと気付きましたとさ。

 

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韓国ミュonスクリーン、次回作もなんとか時間を作って見にいきたい!あわよくば本国のようにディズニープラスに入れてほしいよ〜